胃炎・胃がんなどを引き起こす「ピロリ菌」とは
ピロリ菌は胃の粘膜に生息するらせん状の細菌で、正式名称をヘリコバクター・ピロリといいます。
通常の細菌は、胃酸の中で生存できませんが、ピロリ菌は「ウレアーゼ」という酵素によってアンモニアを発生することで胃酸を中和し、アルカリ性の環境を作り出して生存します。
ピロリ菌は人から人に経口感染し、特に乳幼児期に家族から感染することが多く成人になってから感染することはまれです。
現在は親世代の感染率が低くなり、衛生環境も良くなっているため子どもの感染率は非常に低くなっています。
ピロリ菌に感染すると慢性萎縮性胃炎、胃潰瘍、胃がんのリスクが高くなります。ご家族にピロリ菌の治療歴のある人や胃がんの既往のある人がいる方は、ご自身もピロリ菌の検査を受けられることをお勧めします。
ピロリ菌に感染すると…
ピロリ菌に感染すると急性炎症と慢性炎症が混在した慢性活動性胃炎と呼ばれる慢性胃炎状態をきたします。この状態を「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」といいます。ピロリ菌に感染していてもほとんどの方は自覚症状のないまま経過し、健診などで慢性萎縮性胃炎を初めて指摘されて発見されることが多いです。
ピロリ菌感染による胃の炎症が続くと、慢性胃炎(ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎)を引き起こします。これが進行すると、胃粘膜の萎縮や腸上皮化生が生じ、胃がんへ進展するケースもあります。また、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発症・再発にもピロリ菌が関与しており、潰瘍患者のピロリ菌感染率は80~90%とかなり高いです。ピロリ菌は胃MALTリンパ腫や特発性血小板減少性紫斑病など稀な疾患の原因であることも知られています。
ピロリ菌が原因となって起こる胃の病気
慢性胃炎(慢性萎縮性胃炎)
ピロリ菌は、胃粘膜に感染するとウレアーゼという酵素によってアンモニアを産生し胃酸を中和することで、強い酸性状態である胃の中でも生存し続けます。ピロリ菌感染によって胃の粘膜に慢性的に炎症を起こした状態を「慢性胃炎」といいます。慢性胃炎状態が持続すると、胃の粘膜が萎縮して薄くなる「慢性萎縮性胃炎」となります。粘膜が萎縮すると、胃酸の分泌が低下して胃もたれや胃痛、食欲不振などの症状が現れることもあります。慢性萎縮性胃炎が進行すると、胃の粘膜が腸の粘膜に置き換わる「腸上皮化生」という状態になり胃がんのリスクが高くなります。
胃・十二指腸潰瘍
以前は胃酸の攻撃とその防御のバランスが崩れることが胃・十二指腸潰瘍の原因と考えられていましたが、現在はピロリ菌感染が最も大きな要因となっています。胃潰瘍の70%以上、十二指腸潰瘍の80%以上はピロリ菌感染が原因と言われています。
胃・十二指腸潰瘍は胃炎よりも傷が深く、粘膜の下の組織まで深くえぐられてクレーターのようになった状態です。上腹部の痛み、吐き気、嘔吐、食欲不振、吐血、黒色便(タール便)などの症状が起こります。潰瘍が進行して胃や十二指腸の壁に穴が開いてしまう「穿孔」が起こると、おなかの中(腹腔内)に胃や十二指腸の内容物が漏れ出て腹膜炎を発症し緊急手術が必要になることもあります。
ピロリ菌を除菌するによって潰瘍の再発率は年間で胃で2.3%、十二指腸で1.6%程度と極めて低く抑えることができます。
胃がん
ピロリ菌感染は胃がんの最も大きな原因です。胃がんの99%はピロリ菌感染が関係していると言われています。ピロリ菌に感染が持続することにより慢性萎縮性胃炎となり、萎縮が進行すると胃の粘膜が腸の粘膜のようになる「腸上皮化生」という状態になることがあります。腸上皮化生を起こした患者さんは胃がんを発症するリスクが高くなります。
ピロリ菌の除菌治療により胃がんを発症するリスクを減らすことができます。しかし、ピロリ菌除をしたら胃がんになるリスクがゼロになるわけではありません。粘膜の萎縮が進んでいるほど除菌後も胃がんのリスクが高くなります。除菌治療後も1年に1回の内視鏡検査をお勧めしております。
ピロリ菌検査の種類と方法
当院では、まず胃内視鏡検査で胃の炎症や粘膜の萎縮の有無を確認したうえで、胃粘膜組織を採取し「迅速ウレアーゼ検査」でピロリ菌の有無を診断します。迅速ウレアーゼ検査で確定診断ができない場合は、「血中ピロリ菌抗体」や「便中ピロリ菌抗原」の検査を追加して確定診断を行います。
胃内視鏡検査を行わずにピロリ菌検査を希望される場合は、自費で血中ピロリ菌抗体検査を行うことも可能です。
内視鏡検査
ピロリ菌に感染すると胃の粘膜が慢性炎症を起こし、慢性萎縮性胃炎となります。
特徴的は内視鏡所見として、胃粘膜委縮、胃粘膜の発赤、腸上皮化生、白色粘液の付着、
胃のひだの腫大、過形成性ポリープ、黄色腫、鳥肌胃炎などがあります。
内視鏡検査でこれらの所見を認め、ピロリ菌感染が疑われる場合には胃粘膜組織を採取して「迅速ウレアーゼ検査」を行います。
ピロリ菌感染は胃潰瘍や胃がんの大きな要因であるため、保険診療でピロリ菌の検査や治療を受ける際にはかならず内視鏡検査が必要です
迅速ウレアーゼ試験
内視鏡で採取した胃粘膜の組織を、尿素とpH指示薬が混入された検査試薬に入れる検査です。ピロリ菌が産生するウレアーゼという酵素が尿素を分解してアンモニアを発生すると、検査薬のpH値が高くなり色調が変化して診断されます。検査結果は内視鏡検査当日に判明します。
プロトンポンプ阻害薬(PPI)やボノプラゾン(PCAB)という胃酸を抑制する薬を内服している場合には、ウレアーゼ酵素が抑えられてしまい偽陰性と診断されることがあるため、2週間の休薬が必要です。
血中ピロリ菌抗体検査
血液中のピロリ菌抗体を測定することにより、ピロリ菌の感染の有無を調べる検査です。
ピロリ菌抗体検査は簡便な検査なため、健康診断のオプションや胃がんリスク判定(ABC検査)に採用され受けられる方が増えています。ピロリ菌除菌治療後も血中ピロリ菌抗体は1年以上高値が持続することがあります。当院では、迅速ウレアーゼ検査で確定診断が困難だった場合の追加検査として利用することが多い検査です。
尿素呼気試験
13C-尿素が入っている検査薬(ユービット)を飲む前後に息を吹き込み、呼気中の13C-二酸化炭素の増加を測定する検査です。ピロリ菌が産生するウレアーゼという酵素は、胃の中の尿素を二酸化炭素とアンモニアに分解する働きしています。尿素呼気試験は、このウレアーゼの働きを活用した検査で、呼気中の二酸化炭素が増加しているとピロリ菌感染と診断されます。息を吐くだけなので体への負担が少なく、精度も高いとされています。
プロトンポンプ阻害薬(PPI)やボノプラゾン(PCAB)など胃酸を抑制する薬を内服している場合は検査前2週間の休薬が必要です。当院では、主に除菌治療後の除菌判定の際に行っております。
便中ピロリ菌抗原検査
便の中のピロリ菌抗原の有無を検出する高感度検査で、血液や尿による抗体検査より感度・特異度が高く、ピロリ菌感染の有無や除菌判定の確認に適しています。
プロトンポンプ阻害薬(PPI)やボノプラゾン(PCAB)など胃酸を抑制する薬を内服している場合は検査前2週間の休薬が必要です。
当院では、尿素呼気試験による除菌判定が困難だった場合の追加検査として利用することが多い検査です。
ピロリ菌の除菌治療
ピロリ菌に感染していることが判明したら、ぜひ除菌治療をお勧めします。
除菌治療は1種類の胃酸の分泌を抑制する薬と2種類の抗生物質の3種類の内服薬を用います。
3つの薬を1日2回、7日間内服します。内服終了後、4週間以上経ってから除菌が成功したかどうかを検査にて確認します。当院では「尿素呼気試験」にて除菌判定を行っています。
ピロリ菌の除菌方法は2段階あります。
初回の除菌治療を「1次治療」と呼びます。
初回の除菌治療で不成功だった場合に、抗生物質を変更して行う治療を「2次除菌」と呼びます。
ほとんどの方は2次除菌までで除菌に成功しますが、まれに除菌できない方もおられます。
2次除菌で不成功だった場合は、さらに薬剤を変更して「3次除菌」を行う場合もあります。
ただし、保険適応になるのは2次除菌までですので、3次除菌を行う場合は自費治療となります。
1次除菌
【使用する薬剤】ボノサップ:ボノプラゾン(PCAB)+クラリスロマイシン+アモキシシリン
1次除菌での除菌成功率は92.6%です。
喫煙により胃粘膜血流が低下し、抗生物質(クラリスロマイシン)の胃粘膜濃度が低下し除菌効果を低下させる可能性がありますので、1次除菌中は原則禁煙をお勧めしています。
治療後、4週間以上経過してから尿素呼気試験にて除菌判定を行います。
2次除菌
1次除菌の判定検査で陽性の場合、2次除菌を行います。2次除菌では、1次除菌で使用するクラリスロマイシンをメトロニダゾールに変更し、1日2回、7日間服用します。
【使用する薬剤】ボノピオン:ボノプラゾン(PCAB)+メトロニダゾール+アモキシシリン
2次除菌での除菌成功率は99.85%です。
2次治療中は飲酒を禁止します。メトロニダゾールとアルコールがジスルフィラム・アルコール反応を起こし、頭痛、嘔吐、腹痛などを引きおこします。
1次治療同様、治療後4週間以上経過してから尿素呼気試験にて除菌判定を行います。